大判例

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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1347号 判決

控訴人 株式会社勢匠

右代表者代表取締役 石井具憲

右訴訟代理人弁護士 高野裕士

被控訴人 竹内寿数

右訴訟代理人弁護士 山本寅之助

同 芝康司

同 藤井勲

同 山本彼一郎

同 泉薫

同 阿部清司

同 橋本真爾

同 出口みどり

同 出井義行

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  控訴人の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事実関係」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表五行目の次に行を改めて、次のとおり付加し、同六行目冒頭の「三」を「四」と改める。

「三 本案前の主張

1  控訴人

株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「商法特例法」という。)二四条によれば、取締役が会社に対し訴えを提起する場合には、その訴えについては、取締役会もしくは株主総会が定める者が会社を代表することと定められている。

本訴は、取締役である被控訴人から控訴人に対する訴訟であるから、控訴人の取締役会もしくは株主総会で控訴人を代表すべき者を定める必要があるのに、株主であり取締役である被控訴人の不協力により、控訴人を代表すべき者を定める取締役会も株主総会も開くことができないまま、石井具憲が控訴人を代表して応訴した本件訴訟手続はすべて無効である。

2  被控訴人

(一) 被控訴人は、平成三年度の任期満了に際して、控訴人の取締役に選任されたこともなければ、就任継続に同意したこともない。また、被控訴人は、平成四年一二月六日、控訴人に対し、書面で取締役に就任する意思がないことを伝えている。したがって、被控訴人は、本件訴訟を提起した平成五年一一月四日の以前である平成三年度の任期満了の時期をもって、控訴人の取締役の地位を喪失したものである。

そうでないとしても、被控訴人は、平成五年三月一七日、控訴人に対し内容証明郵便をもって、取締役の辞任を申出て、その後も、取締役の商業登記の抹消を求めていた。会社と取締役との関係は、商法二五四条三項により民法の委任に関する規定に従うものとされ、民法六五一条一項によれば、委任は各当事者においていつでも自由に解除できるものとされている。したがって、被控訴人は、平成五年三月一七日辞任により控訴人の取締役の地位を喪失したものである。

(二) 商法特例法二四条は、会社と取締役との間の訴訟が馴れ合い訴訟にならないようにすることを目的としたものであるが、本件訴訟では、控訴人の代表者と被控訴人とは真っ向から対立する立場であり馴れ合い訴訟などは起こり得ない。したがって、右規定を適用すべき実質的な根拠がない。」

2  同五枚目裏末行の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「6 被控訴人の本訴請求が信義に反し、権利の濫用であるかどうか。

(一) 控訴人の主張

被控訴人は、控訴人のオーナーの一員(妻と併せて二分の一の株主)であるとともに、専務取締役として経営に参画し、会計帳簿を掌握、操作してきたもので、控訴人の経営内容及び財務状態がきわめて悪く、危機的状況であることを熟知しているのである。

被控訴人は、本件二、三の建物について、形式上、名義上の共有持分権を有し、控訴人の代表取締役石井具憲は、本件三の建物について形式上、名義上の共有持分権を有し、石井具憲の妻石井知江子は、本件二の建物について形式上、名義上の共有持分権を有している。控訴人代表者と同人の妻石井知江子は、被控訴人と同様の立場であるが、控訴人の窮状に鑑み、控訴人に対する賃料請求権を放棄ないし請求の猶予をしている。石井具憲は、控訴人から役員報酬をとらず、自己の資金四〇〇〇万円を控訴人に貸し付けたまま返済を受けてもいない。

被控訴人及びその家族は、結婚以来約二〇年間、食費、調味料、光熱水道費、クリーニング代、酒代に至るまで、控訴人もしくは代表者石井具憲から交際費名目で支払いを受けてきたのである。被控訴人は、控訴人及び石井具憲と事実上一体関係にあり、常々運命共同体である旨を強調していた。

これらの事情からすると、控訴人の窮状における被控訴人の本訴請求は、信義に反し、権利の濫用として許されない。

(二) 被控訴人の主張

被控訴人は、控訴人から本件賃料の支払いを受けていないが、本件賃料相当分の収入があるものとして所得税、住民税を徴収され、本件二、三の建物の持分相当分の固定資産税、都市計画税を負担している。

被控訴人は、昭和五五年まで控訴人の取締役として経営に参画したが、それ以後の経営状態についての詳細を知らされていない。

石井具憲は、被控訴人が経営から手を引いた以後、私生活の分と控訴人の経費を混同してきており、金融機関からの借入も控訴人の負債か石井夫妻及び息子夫妻の生活費なのか判然と区別することができない状態であるから、賃料請求権を放棄したなどという控訴人の主張は実質を伴わないものである。なお、被控訴人も一時期賃料請求権を放棄したことがある。被控訴人は、控訴人に対し有する賃料請求権と相殺するという形で控訴人が主張する日常の生活費の一部を負担してもらったものである。

7 控訴人の被控訴人に対する損害賠償債権による相殺が認められるかどうか。

(一) 控訴人の主張

(1)  被控訴人は、仮執行の宣言の付された原判決に基づき、控訴人の取引銀行一〇行全部について平成七年六月一三日と同年七月一二日に預金債権の差押をした。

被控訴人は、控訴人の専務取締役であり、商法二五四条の三に基づき、控訴人に対し忠実義務を負い、この義務は個人的利益に優先するものである。被控訴人は、専務取締役として、控訴人の窮状を救い、その再建、発展に努めるべきものであるのに、これに違反して、控訴人が致命的な打撃、損害を受けることを熟知した上で、控訴人の全取引銀行を対象にして一網打尽に控訴人の息の根を止める債権差押をしたのである。

しかも、被控訴人は、被控訴人の指示で取引を開始した控訴人の主力銀行である百十四銀行についても債権差押をした上、平成七年八月一一日には同銀行との連帯保証契約を解除する旨の意思表示をした。このため、控訴人は、新たに保証人を立てるか、増担保を立てるかしないと七八〇〇万円の借入金の分割弁済の期限の利益を喪失する窮地に追い込まれたのである。

こうした被控訴人の債権差押により控訴人が被った信用・名誉毀損、営業妨害の損害は、金銭に換算すると五〇〇〇万円を下らない。

(2)  よって、控訴人は、平成七年九月二六日の当審第一回口頭弁論期日において、被控訴人に対する右五〇〇〇万円の損害賠償債権を自働債権として、被控訴人が本件で請求するうち、賃料債権一六〇五万四四六六円及び貸金債権一五〇万六二九五円(合計一七五六万〇七六一円)を受働債権として相殺した。

(二) 被控訴人の主張

被控訴人は、控訴人の取締役の地位を喪失しているから控訴人に対する忠実義務を負うものではない。被控訴人は、控訴人の商品である家具全部を差し押さえることができたがこれをせずに、控訴人に対する影響の少ない預金債権の差押えをしたのである。

被控訴人の百十四銀行に対する連帯保証は、契約締結から二〇年も経過しており、主債務者との信頼関係も本件訴訟に窺い知れるように破壊されており、被控訴人が連帯保証人としての地位を脱却したいというのは当然のことであって、被控訴人は、控訴人に対する圧力を主目的として連帯保証契約の解約を申入れたものではない。」

第三判断

一  当裁判所は、本件訴訟において、第一審以来、控訴人を代表すべき者が控訴人の代表者として訴訟行為を追行しておらず、代表する権限を有しない石井具憲が代表者として訴訟代理人を選任して訴訟行為を追行しているので、本件訴訟手続は不適法であり、その瑕疵を補正するため本件訴訟を原審裁判所に差し戻すべきものと判断するが、その理由は次のとおりである。

1  控訴人が原審及び当審で提出した控訴人の商業登記簿謄本によれば、控訴人は、昭和四七年六月二三日に設立された株式会社であり、本件訴訟が被控訴人から原審裁判所に提起された平成五年一一月四日から現在に至るまで、資本の額は九〇〇万円、代表取締役は石井具憲、取締役は石井具憲、竹内コイソ、石井光子及び被控訴人(いずれも平成元年三月六日重任)と登記されていることが認められる。

竹内コイソが平成三年一〇月二八日に死亡したことは当事者間に争いがない。

そうすると、控訴人の取締役には、平成元年三月から二年間石井具憲、竹内コイソ、石井光子及び被控訴人が就任しており、二年後の平成三年三月に法定の期間経過により全員が同時に任期満了となって法定の取締役の員数(三人)を欠くに至ったが、後任者が選任されないままとなっていることが認められる。

被控訴人は、平成三年度の任期満了に際して取締役への就任継続に同意したことがなく、控訴会社に対し、平成四年一二月六日に取締役就任の意思がないことを伝えているから、平成三年度の任期満了の時期をもって控訴会社の取締役としての地位を喪失し、また、平成五年三月一七日にも取締役の地位にない旨抗議の書面を送付して辞任していると主張する。しかし、被控訴人は、従前から控訴人の取締役であったところ、平成三年三月に被控訴人を含む取締役全員が同時に任期満了となったのであるから、商法二五八条一項により、後任者が選任されるまでは控訴人のため取締役として職務を行うべきものであり、取締役竹内コイソが平成三年一〇月二八日に死亡して控訴会社の取締役が法定の最小限の員数となったのであるから、任期途中に辞任する場合でも商法二五八条一項により、後任者が選任されるまで取締役としての権利義務を有しているものである。したがって、被控訴人は、本件出訴時から現在に至るまで控訴人の取締役であると認められる。

2  ところで、商法特例法二四条によれば、資本の額が一億円以下の株式会社においては、取締役が会社に対し訴えを提起する場合には、その訴えについては、取締役会もしくは株主総会が定める者が会社を代表すると定められており、代表取締役が当然に会社を代表することができるものではない。

本訴えは、控訴人の取締役である被控訴人が控訴人に対して建物の賃料と貸金の支払いを求め、石井具憲が代表取締役として応訴したものである。したがって、商法特例法二四条の規定から、本訴においては、控訴人の取締役会もしくは株主総会が定めた者が控訴人を代表して応訴すべきものであるから、訴状の送達から原判決の言渡しまでのすべての手続は不適法というほかない。

3  被控訴人は、控訴人の代表者と被控訴人は、本件訴訟において真っ向から対立する立場であるから、馴れ合い訴訟など起こり得ず、右規定を適用すべき実質的な根拠がないと主張する。

商法特例法二四条が会社と取締役間の訴訟について会社の代表取締役の代表権を否定したのは、馴れ合い訴訟により会社の利益を害するおそれがあることから、これを防止する趣旨によるものであることは確かである。したがって、会社を代表する取締役において当該訴訟の相手方を取締役と認めていないような場合には、右の意味における馴れ合いのおそれがないことが明らかであるとみて、当該訴訟の相手方を同条にいう取締役に当たらないとして同条の適用を否定することができるとしても、これとは逆に、会社を代表する取締役において当該訴訟の相手方を取締役と認めているような場合には、馴れ合いのおそれが明らかであるとみて、当該訴訟の相手方を同条にいう取締役に当たるとして同条の適用を否定することはできないと解するのが相当である。本訴においては、被控訴人が自分を取締役でないと主張していても、商法上取締役としての権利義務を有し、控訴人の代表取締役である石井具憲が被控訴人を取締役であると認めているのであって、控訴人の主張するように、実際問題として、控訴人の代表取締役である石井具憲と被控訴人とが対立関係にあって馴れ合いのおそれがないかどうかに拘わらず、被控訴人を同条にいう取締役に当たるものとして同条の適用を否定することはできないものと解するのが相当である。この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。

4  以上の手続上の瑕疵は民訴法五六条の特別代理人を選任するなどの方法により補正することのできる瑕疵であるところ、右瑕疵の補正手続は事柄の性質上第一審裁判所でなすべきものであるから、本件訴訟を第一審の大阪地方裁判所に差し戻すこととする。

二  よって、民訴法三八六条、三八九条により原判決を取消して本件訴訟を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 井土正明 裁判官 赤西芳文)

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